裏GOODDAYS 日々の随想

こちらは日々の随想を吐き出している裏ページです

「おらが町の誇り」に対するアンチテーゼ

以前、「クレーマーに屈する世の中」という項を書いたが、早速、それに対して屈する動きが出てきた。 まずは、以下の記事を読んでいただきたい。

 

 「中部国際空港の愛称にちなんで、合併後の新市名を『南セントレア市』とすることを決めた愛知県の美浜、南知多両町の合併協議会は9日、抗議が全国から殺到していることを受け、新市名を再協議することを決めた。合併協委員の中では、見直しを求める意見が多い。」 「両町役場に電子メールや電話で『造語は新市名になじまない』『文化や歴史を無視している』といった抗議が500件以上も寄せられ『斬新なイメージ』などの賛成意見はごく少数にとどまったことが報告された。」 もしこれが事実だとしたら、500人の非特定無関係者によって自治体の意思決定が動かされていることになるが、これは大きな問題である。 住民の反対運動によって動くのならともかく、それを押し切って(反対運動が起きたと仮定して…)まで決めた意思決定が非特定無関係者によって覆される…いくらなんでもそれはないだろう。 しかも、環境に関する問題や、先日白紙撤回になった「秋田県白神市」の場合(この場合、青森県に迷惑がかかる…)と違って誰にも迷惑かからないであろう内容だというのに、それに対して、全く当事者でない全国のクレーマーが電話で抗議するのもおかしな話だし、それに動かされるほうはもっとおかしいと思う。 これによって、住民投票か何かをするという話だそうだが、住民投票をするのならば住民による抗議を受けていた段階ですべきであったように思う。 「南セントレア市」の可否などより、クレーマーの暗躍によって意思決定がなされたこと自体が「あるまじきこと」だと思ったのでこのニュースを取り上げてみた。 そりゃ~私だって「南セントレア市」なんて名前は片腹痛いと思う。 上記のようなことを言っておいてこう言うのも難だが、私は、美浜・南知多の住民の多くが実際にこの名称に反対していることを願うし、仮に住民投票が行われたとしたら、こんな変な名前など覆されて欲しいと願っている(2004年11月19日にも変な名前の地名についてふれたが、もしよろしければご一読を…)。 中部国際空港の愛称が「セントレア」だからといって、実際にその地に空港があるのならばともかく、中部国際空港の南に位置するから「南セントレア」なんて、アホらしいやらプライドを感じさせないやらで笑ってしまうからである(しかも中部国際空港って株式会社じゃなかったっけ…)。 …と、この話題はその程度にして、ここからはこれまでの意見とは全く違った、大どんでん返し的かつ挑発的な暴論を述べさせていただく。 このセントレアの例を持ち出すまでもなく、どこの住民もすぐに、「おらが町の文化や歴史」をすぐに持ち出したがるが、そのような人には「そんなに言うほど、あんたが郷土の歴史や文化を大切にしているのか?」「そんなことをいうのなら、日頃より、個々の住民のエゴを徹底的に排除するような不断の努力を続けて、本当に誇りを持てる郷土を作っている自負はあるのかね?」ということを今一度問いただしてみたいと、あまのじゃくな私は思ってしまう。 日本の地方における「おらが町の自慢」なんて、どれもこれも以下のようなくだらないものばかりで、おらが町の外では通用しないものばかりだと思う。 「この並木通りの景観が町の自慢ですわ!」。 「駅前の感じがハイカラだろ!」。 「この通りは結構いい感じの雰囲気だろ!」。 …「どーでもええもんばかりだわい!そんなもん!」と本気で思ってしまう。 これは悲しい話だが、ドイツの町を歩けば、多くの日本人は「日本の町では文化も歴史も全然尊重されとらんな~」ということを痛感してしまうのではないかと思う。 「俺の家は、俺の土地はどう使おうが俺の自由だ。イチイチ周囲との調和など考えてられるかい!」と考える人が数人に一人は必ずいる日本人とはこのあたりに関するパラダイムが根本的に違うのである…。 あっ、ドイツの小さい町々を散策したことのない方は絶対にこの意見に対してケチをつけないでいただきたい(ちなみに私は日本47都道府県すべてを回ってますんで…)。 何故なら、私だって、ヨーロッパを長旅するまではこんな考え方、微塵もしたことがなかったのだから…。 それだけ、ヨーロッパ、特にドイツあたりでは、住む地域の美観・文化・誇りをいかに保守的かつ徹底的に守っているかを痛感させられるのだ。 そこまで徹底するからには、個々の住民が相当の犠牲が払っているであろうということは想像に難くない。 上から民主主義を与えられたためか、エゴの固まりのようになってしまった個々の日本人に、ドイツ人のそのような感性はとても理解できまい…。 仮に、街の美観というものに着目してみるとするならば、街の美観において、ドイツの平均偏差値が70だとしたら、日本のそれはどう見積もっても60~30ぐらいの間にしか収まらないだろうと私は思う…(徹底的に取り繕ったような「美観地区」の場合だと、もう少し偏差値が上がるかもしれないが、いかんせんそれは点にすぎず、広がりがない…)。 「おらが町の歴史や文化…と偉そうに語るのであればドイツ人の半分ほどでも、それらを本気で維持するよう努力したらどうだい!」と思う。 そして、もちろん私は、日本の地方がどこぞのベッドタウンのような味気ない街々になって欲しくないと心の底から思っている。 なんか、えらく話が脱線してしまったが、「自治体は住民の反対運動に屈するのは結構だが、全国の関係のないクレーマーには屈するな」ということと、「地域の文化や歴史を日頃大切にしていないくせに、何かあったらすぐにそれを持ち出す日本人は見苦しい」ということが言いたかっただけである。