裏GOODDAYS 日々の随想

こちらは日々の随想を吐き出している裏ページです

リスク管理と意思決定についてちょっと思ったこと

福岡で地震が起きた。

「日本は地震国だから地震に備えておかなくては…」と常々思う。

でも、面倒くさくて先延ばしになっている。

しかし、家に非常用の水や食べ物を置きたくても台所が狭いのでそんな場所がない…。

また、本当は家具が倒れないように壁に固定したいのだが、賃貸住宅なのでそれは難しい…(この問題はどうにかならないものかといつも思ってしまう…)。

そんなこんなで何もしていないのだが、新潟・福岡と地震が続いてしまっては、「もう、やんなくちゃダメだな…」と思った。

地震のたびに思うのが、田舎や地方都市の地震による被害は小さいが、大都市での地震の被害はハンパでなく大きいということだ。

今回の福岡は大都市だがそこまでは被害が大きくなかったようで安心はした。

しかし、阪神鳥取とでは、地震の規模は同程度だったと思われるが被害の差は歴然としていた。

仮に私が住む東京で地震が起きたとしたらそんなものではないことは既に各方面の機関で予想されている。

東京で大地震が起きた場合、1次被害だけでなく、政府機能がストップすることや、生活インフラが使えなくなることによって「トイレがない!水が使えない!」と阿鼻叫喚の地獄が繰り広げられることなどの2次被害について考えるとそら恐ろしくなる。

さらに、私の場合、持っている株の株価が下がることによる3次被害も起きそうだから弱り目にたたり目である(独身だし、固定資産が全くないから、当然、地震保険には入っていないし…)。

日本において地震は、間違いなく備えておくべき大リスクである。

外国企業が東京に事務所を構えるときには、地震によるリスクをかなり重点的に考えていて、日本企業には無いような独自のマニュアルを作成していたりするという話は良く聞くところである。

これは外にいるから下すことのできる冷静な判断だと思う。

そのような中、日本人はモノゴトのリスクについて考える際、力の割きかたというかバランスを欠くことが多かったり、そのスピードが遅かったりすることがとても多いように感じる。

個人の場合、ガンなどの病気・地震・交通事故などのリスク管理については、先延ばしにせず、いざというときを想定してある程度考えておかなくてはならないだろうが、飛行機事故・狂牛病エイズなどのリスク管理についてはそこまで大真面目に考えなくても良いといえるだろう。

国の場合もこのようなバランスが求められる。

BSEのような1年間に何人の死人が出るかわからない問題のために、これだけの犠牲を払って平気な割には、地震に対するリスク管理については甘さが目立つ。

少なくとも大災害が予想される東京においては、役所の取り組みだけでは限界があるだろうから、住民をきちんと教育しておくべきで、そうでないと、いざというときに双方が痛い目にあうだろう。

責任逃れではないが、せめて、「ここまでは各自で備えておいてください。ここからは政府が手を貸します」ということぐらいはハッキリさせておかないと、自分を何様かと勘違いした住民が頻発して余計に混乱を招くだろう。

また、「地震が起きた際に、あなたの住む地区ではこうしてください」というような呼びかけを能動的にすることで、常日頃から住民を啓発しておく必要があるだろう。

私は、都や区のリーフレットには一応目を通しているつもりなのだが、そこまでそれらについて意識づけられていないし、また、私が意識づけられていないようでは、呼びかけの効果がないということになると思うのだがどうだろうか。

そのような情報は、助成金事業のように、能動的に知ろうとする人が知ればよい類の情報ではなく、消費税や医療負担の増加のように、住民のほとんどが知らされておくべき情報であるはずである。

ところで、BSE問題はいつになっても再開しない。

決定が遅いことによるリスク」は計り知れないほど大きいのに、いつまでも決定を下さないという日本独特の特徴がここでも出ている。

政府で、毎日寝る間を惜しんで検討がなされているのであれば許せるところだが、食品安全委員会の「我が国の牛海綿状脳症(BSE)対策の見直しについて」という会合はどうやら3週間に1度しか開催されていないというからあきれ返る

そもそも日本がこのようにのらりくらりとやっていてラチが明かないから、アメリカはしびれを切らして外圧をかけざるを得なくなっただけのことなのに、国外的には国家間の経済制裁問題にまで発展させ、国内的には「外圧に屈して食品の安全を反故にする気か!」という反対派への格好のプロパガンダ材料を与えてしまっているわけだから、やり方の下手さにうんざりしてしまう。

そして、その間にも、アメリカの畜産農家だけでなく、日本国内の牛タン屋は廃業しまくり、焼肉屋にも甚大な被害が及んでいる。

また、オーストラリアでも日本向けの輸出を増やそうと日本向けの製造ラインを構築していっているのであろうが、おそらく、それが整ったころにアメリカ産の牛肉の輸入を開始され、ここも大きな被害を受けるのであろう、まるでナタデココのときのフィリピンのように…(こっちの場合は日本人の気まぐれのせいだからしょうがないのだが…)。

昨日、賞味期限の記載を1年前に記載してしまったUSJがそのお菓子を回収をする…というニュースが報道されたが、別に中身の品質に全く問題がないのに回収するのはどうかと思った。

「申し訳ございませんでした。しかし、品質には全く問題ありませんのでご安心してお食べください」と言うだけではダメだったのだろうか?そうでなくては世間が許さなかったのだろうか?それを許さない世間とやらがあるとしたら、そいつは一体何者なのだろうか?などと考えてしまった。

昨今は、企業は卑屈になって何でも顧客に媚びれば良いと思い、世間はそれを当然とするような風潮がある。

こういう風潮があるから、企業側は普段の販売価格にそういったコストを転嫁せざるを得ず、それが、高コストなることにつながっているわけで、世間とやらは、その厳しさが、自分の首を真綿でしめている行為になっている部分もあるということを自覚したほうが良いように思う。

それに、こういった些細なことで食べ物が必要以上に無駄に廃棄されることに、私個人は一人間としてものすごく違和感を覚える。

こんな行為で企業の汚名挽回&イメージアップが図れると思うたら大間違いでっせ!USJはん。