裏GOODDAYS 日々の随想

こちらは日々の随想を吐き出している裏ページです

男たちの大和

最近、尾道に行った時に、映画「男たちの大和」のセットで使われた戦艦大和の実物大模型を見学してきたこともあって、この映画を観に行った。

 戦艦大和「まだ観てないけど観ようかな…」という方がいらっしゃるとまずいので、詳しい内容については書かないこととするが、涙がちょちょぎれる映画であったことと、キャストも良くかなり良い映画であったことは確かである…(ちなみに左の写真は尾道の実物大セットの前で撮影した私の写真ですわ…)。

 

映画が終わってからトイレで小用を足した際に男どもの顔を横目に見たら、無表情な顔で用を足す「男たち」の目がみんな赤かったのが印象的だった(っていうかウケた)。

もちろん、ホールで見かけた女性たちの目はもっと赤かったけど…(笑)。

 

しかしながら、わずか60年前に日本国民がああいった運命をたどらされたことについてだけはことあるごとに肝に銘じながら生きていきたいと思う。

そういったことについて考えると、私自身が生まれて約30年経つが、そのわずか30年前にこのようなことがあったということについて真面目に考えることができ、また、自分の生きてきた30年間がいかに平和であったかというについても深く考えることができる…。

 

そういうことを考えると、世の中や政治家のことを一概に悪く言うことが良いこととは思えなくなるし、世の中に対する強い感謝の念も生まれるというものである。

 

また、戦争モノの映画を見ると、その内容に関わらず、「悲劇とわかっていて観る」「観ると泣く」という行動をほぼ間違いなく経るとともに、「あの戦争の意味について考えてしまう」「戦争に殉じた人々が死んだ意味について考えてしまう」「教育の怖さについて考えてしまう(もちろん、その反動ともいえる日教組の教育も怖いけど…)」「何故にああいった恐ろしい体制が築かれたかについて考えてしまう」「本当にやむを得ない部分もあったのか」という作業を脳内で繰り返してしまうことについては、毎回ながら変わらない…。

 

間違った体制や教育のせいであったとはいえ、国のためを思って殉じていった人々の死を”無駄死に”と思いたくない気持ちは強い。

しかし、その意義は今の世を生きている日本人が日本を軽薄な世の中にしないようがんばることぐらいにしか見出せないわけだが、そう考えると今の平和な世に感謝の念を抱きつつも、今の軽薄な世相を見て悲しくなる。

 

あと、ついその先日に、録画した後ずっと見てなかった「新選組土方歳三最後の一日」を見たばかりだったので、「男たちの大和」とあわせて、玉砕精神の意味や武士道・士道の意味についても考えてしまいました…。