裏GOODDAYS 日々の随想

こちらは日々の随想を吐き出している裏ページです

遊就館

靖国神社遊就館に行ってきた。

遊就館靖国神社に併設されている軍事博物館であり、かなりの展示量を誇っている。

ずっと前から行こう行こうと思っていたのだが、数年間ずっと延ばしっ放しになっていたのでこのたび行けてとても良かった(笑)。

 

ここには江戸末期~大東亜戦争後までの資料および、さまざまな遺品やお宝(錦の御旗や榎本武揚の軍服など)が展示されている。

人間魚雷「回天」(写真左下)やロケット特攻機「桜花」(写真左上白)のような必死の人間爆弾兵器などは見るだけで悲しくなってくる。

 

特攻隊員の方々の遺書も数多く展示されていたが、どれもこれもすごく字が上手だったことには驚いた。

また、戦地において和歌をたしなんだりしていた方がいたのにも感銘を受けた。

かのように優秀な頭脳と生命があのような形で失われたことを思うと胸が痛くなる。

 

自分が死ぬための意義を必死に考え抜いた青年達の思いや、自らを鼓舞する覚悟や、開き直った者の落ち着き払った明鏡止水の心境が伝わってきて心を打たれた。

彼らの死を「無駄死に」だとか「犬死に」などと考えることはできなくもないが、間違った体制のためであったとはいえ、国を思って”必死”の攻撃に繰り出した彼らの尊い死を人としてそのように考えたくはない。

また、彼らが「英霊」であることには違いないとは思うが、彼らの死の意義を靖国神社と同じような”聖戦”史観では捉えたくない。

 

今の日本人各々が彼らの気持ちを汲み取った上で、各々が立派に生きて、すばらしい日本をつくることによってしか彼らは報われないと思うので、「俺も犠牲になった彼らに敬意を払って、もう少しまともに生きなければな…」と思った。

 

ところで、英霊達は靖国神社が国際摩擦の最大級の要因になっていることをどのように考えているのだろうか…。

 

国民一人一人が彼らの死をいつまでも意識し、澄み渡った心を持つことを望みこそすれ、表立って参拝しただのしなかっただのといったことにそこまでこだわったりするものなのだろうか。

もちろん、相手は共産党政権であり、日本相手にムキになっているだけの激情型民族の国家なので、本音では堂々と参拝して欲しいところなのだが、首相が靖国神社を参拝することによって被る国際的な実害を考えるとそういったことも考え込んではしまう。

 

確かに、あの戦争は資源のほとんどの輸入をアメリカに頼っていた日本にとっては、挑発に乗せられて始めさせられた戦争という一面が強いわけだし(そう考えると北朝鮮も怖いのだが…)、あの戦争の結果、多くの有色人種による独立国家が生まれることになったわけだが、体制およびアジアでの行動が間違っていた以上は、また、あまりに多くの犠牲を出しすぎた以上は、間違った戦争であったことには違いはなく、その主たる指導者(煽動者)は万死に値すると思う(東京裁判の正当性は別にして…)。

 

しかし、神道では合祀してしまった霊を分祀することはできないそうなので、A級戦犯分祀するのは難しいであろう。

 

となると、彼らの遺書を読んだ今とて、やはり首相の靖国参拝はどうなのかな?と思わなくはない(もちろん、本音では堂々と参拝して欲しいところなのだが…)。

 

ところで、出口付近に置いてある観覧者感想ノートに書いてある内容のレベルの低さというか底の浅さと字の汚さには愕然としたというかショックを受けた…。

とかく軽薄な人間を形成しやすい環境が整っている今の時代だが、「ここに来る意識があるレベルの人がこれでは、ちょっとあんまりなのではないか…」と思った。