裏GOODDAYS 日々の随想

こちらは日々の随想を吐き出している裏ページです

無責任な国だからね…

自民党政調会長中川昭一氏が核武装について「議論は必要」と言ったことが波紋を呼んでいるようである。

確かに、ただでさえ異常なほどに誤解をしやすい外国に対して余計な脅威を与えかねないという意味において、与党の幹部の発言にしては不見識な発言だったともいえるが、議論自体はあっても良い話といえなくもないわけで、大新聞のように言語道断の一言で片づけてしまうのはどうかと思う。

 

そもそも、日本は防衛をアメリカの軍事力やアメリカの核抑止力に依存しているわけで、その上で「あーだこーだ」と言っているわけにすぎないわけだから、何を言ってみたところで戯言のようにしか聞こえないという面もある。

日本国憲法と同じで非核三原則なんていうのも実際には全く現実に即していないわけで、本当に議論すら許されないと言うのであれば、文字通り、アメリカの核の傘から外れてみてから「言語道断」と言うべきではないのだろうか…。

 

まあ、周辺国が脅威だから核を持つというレトリックでは北朝鮮と同レベルになってしまうので、私の意見は「これまで通り、自らは核を持たずにアメリカの核の傘に入って安心を買いましょうよ」という大半の人と同じ意見ではある。

 

とはいえ、北朝鮮のようなシビリアンコントロールも何も無いような独裁国家には核抑止力すら働くものなのか心配になってくるから大変である。

まるで、全面禁輸されたからといって本気でアメリカに戦争を挑む数十年前のどこかの国に似ているが、同じようになったらたまったものではない(笑)。

 

ところで、ちょっと話題はそれるけど、以下のニュースを見たときもちょっと心配になった。

 

KBS第1ラジオの時事番組が11日から2日間にわたり、全国の19歳以上の男女500人を対象に実施した電話アンケートで明らかになった。

それによると、責任が大きい国として「米国」を挙げたのは43.4%となり、次いで「北朝鮮」が37.2%、「韓国」が13.9%、「中国」が2.4%、「日本」が1.0%だった。

(YONHAP NEWS)

 

「本当にこの国の国民はどうしちゃったんだろうね…。何のために辛い兵役を全男子がやってるんだろうね…」という思いしか抱けない。

全くかわいそうな国である…。

 

「無責任な国」という話題で書いているので別のことも書く。

 

昨日、祖母が代理出産したニュースが報じられたが、個人的には「聞きたく無いニュースだな~」と思った。

「母親と子供が兄弟か…」と考えると、代理母だとか、母体の安全がどうのということより、倫理的にどうなの?と思ってしまう。

そういう意味で聞きたくも無いニュースだと思った。

旦那もよく承知したものだ…。

 

代理母について言えば、確かに、向井亜紀さんのニュースなどを見ていると同情的な気分も巻き起こっては来なくもないが、批判を承知の上で書かせてもらうと、個人的には子供を産めない身体ならば子供を産むのは諦めるべきであるように思う。

それが生き物にとっての自然な姿であろう…。

どうしても子供が欲しいというのであれば難民の子供でも養子にすれば良い話と言ってしまっては独断的ということになってしまうのだろうか…(もちろん、自分はその人の身になって考えることなんてできないからこう言うだけのことかもしれないが…)。

 

まあ、それでも、「他の人はともかく、自分だけは何としても自分の遺伝子を持った子供を欲しい」という人はいるわけだから、次々と事態が起きてしまう前に議論をきちんと詰めておくべきなのではないかとは思う。

どんどん生まれてくるであろう、代理母出産された子供を子供と認めるか認めないかを完全に決めておかないと、向井さんの件のように大きくもめ続けることになるわけである(認めないと決定した場合にはもっともめるのであろうが…)。

 

ところで、個人的には代理母出産までさせて自分の遺伝子を分けた子供を授かろうとする女性に対して、「あんた!ずいぶんと身勝手な発想だな…」とでも言ってやりたいところだが、どんなに止めても代理母出産を許可する国がある以上はそこで代理母出産を試みる人たちがいるわけで、それを放置してずっと外国の女性の善意に頼らせてしまっているという現実に対してなんともいえない不快感を抱いてしまう。

代理母は認めないほうが自然であるとはいえど、事例が次々と起きている以上はそれを承認したうえで、それなりの犠牲や不都合を払っていただくという形でリスクを開示しておくのが現実的に責任のある姿勢といえるであろう。

 

臓器移植に関しても同じで、日本でなかなかドナーがいなかったり、子供に関しては移植を禁じられていたりすることから、いつもいつも臓器移植は外国で行われることになっているのだが、この件に関してはもっともっと不愉快な気持ちになる。

 

私は、人間の命なんてどうあがいても有限だという考えから、「脳死なんてさっさと認めてしまえ!安楽死も同じでどんどんやっちまえ!バカみたいな費用をかけてまで意味の無い延命治療をするな!」とラディカルな考えを持っていることもあって、実際に事例が相次いでいるのに自分達の手は汚したくないがゆえに現行法の黙殺を続ける日本の法体系に強い反発を持ってしまう。

 

昨夜、ニュースで、○○ちゃんを救うために献金をしていた母親に対してテレビ局が、「もし、ご自分の子供さんが脳死状態になった時に、その臓器を提供できますか?」と聞いた時に「考えてなかったです…。自分のはいいけど子供のは…」と言っている人がいたが、「こういう人に献金をする資格は全くない」と強い憤りを感じた。

あと、話は悪いけど、仮に、「○○ちゃんの臓器移植のためにどうしても1億円が必要である」という話があって、その募金をしてくれと言われた場合、私なら、知り合いの子供でもない限りは、同じ金を難民の子供を救うための献金にあてたい。

 

ここまで書いて何が言いたかったかというと、この国というのはいつもいつも自分さえ手を汚さなければ良いという小ずる賢さが見え隠れしているわけで、そのことに対してものすごく不愉快に思うということが言いたかっただけの話である。