裏GOODDAYS 日々の随想

こちらは日々の随想を吐き出している裏ページです

ジョンとビヨンセ

秋が深まっているとはいえ、まだ、長袖を着た日がないのだが、例年こんなものだっただろうか、それとも俺が暑苦しくなっただけだろうか。

昨日はビヨンセのコンサートに足を運んだ。

そして、さいたま市に足を運ぶ機会がそうそうないため(とはいえ、来週も友人の結婚パーティーでさいたま市に足を運ぶ予定なのだが…)、鉄道博物館ジョン・レノン・ミュージアムにも足を運んだ。

 

鉄道博物館については、旅行好きだし、子供の頃には故郷の宮崎で電車のスケッチを描いたり、図書館で鉄道旅行の写真集を読んだりするのが大好きだったので楽しめるのではないかと思って行った(とはいえ、初めて自分で切符を買って電車に乗ったのは18歳になって上京してからなのだが…)。

確かに、博物館自体は大変良くできた博物館でファンにとっては聖地になりそうな場所であったのだが、何故か俺にとっては楽しめなかった。

俺が好きなのは鉄道旅行の旅情や地方の駅の空気や人の息づかいといったソフトの部分であって、ハードには全く興味がなかったことに気づかされたからである。

 

ジョン・レノン・ミュージアムは20年来のビートルズファンの俺にとって必ず行かなければならない場所だったのだが、俺がポール派だったり、さいたま市に行く機会を作れなかったりしてなかなか足を運べずにいて、この度ようやく初めて行けた。

結論を言うと、いい意味でヤバかったっす。

涙抜きには見られなかった。

そもそも俺はビートルズポール・マッカートニーの音楽性が好きで、ジョンやヨーコのラブ・アンド・ピース運動は好きでなかったのだが、文章でしか知らなかった人間としてのジョンの側面に実物で触れ、それまでなかった感覚でジョンのことを理解できた。

そして、アイドル・トップアーティスト・前衛芸術家・平和運動家として過ごした日々ではなく、1975年から1980年に亡くなるまでの、息子ショーンを育てながらの主夫生活の期間こそが彼にとっての人生最良の期間だったことを知り、ジョンがやっと手に入れた生活のほほえましさを見て人知れず目頭が熱くなった。

俺は、音楽性の優れたポールではなく、メッセージ性の強いジョンにばかりが人気があることに違和感を覚えていたのだが、彼は日本人と結婚し、最も幸せな期間に軽井沢に3度も長期滞在し、日本文化に強く親しも、非業の死を迎える破目になったのだから、ジョンのほうが人気があって当然ではないか…と感情レベルで理解できた(なんのこっちゃ)。

彼の強さ・弱さ・葛藤・人間くささ…に触れ、今までもジョンのメッセージの強さには感じるものが強かったがそれをより強くかみしめることができた。

このミュージアムの設立にはオノ・ヨーコさんの尽力があるからそういうふうにスポットライトが当たるのは当然だとは思うが、ジョンの人生を激変させ、彼をリードし続けた彼女のすごさをものすごく感じさせられた。

入場料が1,500円するから尻込みするかもしれないけど、このミュージアムは本当にオススメです。

そして、お客さんがあんまり多くないのが心配だけど、社会事業としてこの美術館を運営している大成建設に感謝っす。

 

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 ビヨンセのコンサートには当然だが圧倒された。

中央区と会社の福利厚生で3割引で買ったチケットだったのにスタンドのかなり前のほうの席でとても見やすくてラッキーだった。

歌唱力・ダンス・プロ意識のすべてに圧倒されっぱなしだったが、以前にマライア・キャリーのコンサートに行った時と同じでやはり人種差という超えられない壁に圧倒された。

あの声・コーラス・グルーブ感・圧力・身体の厚みは絶対に黄色人には出せないだろう。

最近、海外の女性アーティストはレオタードのような格好で歌っていることが多いが、同じ格好を日本人がやっていたら卑猥もしくは貧相でしかないだろうが(常に卑猥な目で女性を見る文化も悪い)、そのシンプルないでたちが体躯の力強さを際立たせていて見ているこちらが「かなわね~」と圧倒されてしまう。

あれだけ上手に踊って、全く息も切れず、声もCDのものと全く変わらないし、化粧も崩れないのにもビックリさせられた。

そしてどこから風が吹いているのか常に髪が超カッコ良くなびいていたのもさすがだった。


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