裏GOODDAYS 日々の随想

こちらは日々の随想を吐き出している裏ページです

満月が欠けることへの構え

ブログを書くのは、「書こうと思ったことがあった瞬間に…」と決めているが、何故かわからないけれども最近は全くブログを書く気にならない。

別にそれはそれでも構いはしないのだが、最低でも月に一度は書きたいと思っているのでそろそろ書くことにした。

ニュースは多いのだが、ありきたりの感想しかわかない。

とにもかくにも世相があまりに暗い。

日本の行く末を悲観するニュースばかりだ。

そして俺も、「いちいち世の中のことを考えても暗くなるだけだからやめやめ!」という気になる。

それに対して俺の生活はあまりに幸せだ。

自分にはもったいないと思うぐらいに人間的にできた愛妻はいるし、私生活においても仕事場においても人間関係の悩みは全くなく、心身は至って健康である(健診の結果はともかく…)。

郷里の両親も嫁の両親も心身ともに元気だから今のところ親の心配もない。

仕事はほぼ毎日17時に終わって、朝の8時半まで何の縛りもない自由時間があって、通勤時間は10分もかからず、仕事の待遇にも、住環境にもこれといった不満はない。

日本で働いているから、欧米と違って長期の休暇は9日間までしか取れないが、それ以外はやりたいことはなんでもやれる。

また、東京という都市はありとあらゆる好奇心を満たしてくれる。

全く仕事人間でないから仕事のことを心から愛していないんだろうと言われれば否定はしないが、仕事のストレスはほとんどないし、好きか嫌いかといえば好きな仕事である。

ストレスがないことだけが幸せといえるのか?狩猟的な刺激がなくて幸せか?とは言われそうだが、それに対しては、幸せだという主観があるのだから幸せだというふうにしか答えられない。

今の俺は幸せすぎてたまに怖くなる。

でも、幸せが続くとそれがあたりまえになって、それが損なわれることに対する耐性が弱くなるという心配は必ずある。

だから、何らかの要因で完全に幸せな状態が損なわれたとしても、それを正面から受け止められるだけの構えは必要だと常に思っている。

まだそのつもりはないが、いずれ子供ができれば、喜びは大いにあれどストレスや心配も増えるだろうし、同様に自分や嫁や親の健康は損なわれないかと心配がなくなることはないし、決してつぶしが効くとは思えない自分のやっている仕事が世の中の変化の波にさらわれて必要のない仕事になりはしないかという恐れは常にある(そして、自助努力を払っていないため、それに対するリスクヘッジは嫁の存在以外にはないのが情けない…(笑))。

今日の満月を見ながらこんなことを考えたのだが、世の中は「諸行無常」で「盛者必衰」である。

立松和平さんは読売新聞の「人生案内」で「無常」という言葉をよく使われていたのだが、その立松さんが亡くなってしまわれたのも無常というしかないのであろう。

今の俺は「盛者」とは言い難いが、内的にはそういう状態にあるともいえるし、いつ、無常というしかない出来事が身の回りに起こるかもわからない。

ところで、今しいて列挙できる悩みがあるとすれば、先日の健診の結果と(まだ言ってる)、118円と111円でナンピン買いして50,000ユーロほど建てているのに、ユーロの現在の価格がとうとう105円台に突入したことぐらいである。

まあ、これも「両建て売りで貯めた確定利益のほうが含み損よりまだまだ多い」「必ずいつの日か戻るし、余力は十二分に残しているからいいや…」と強がってみているのだが…(笑)。