裏GOODDAYS 日々の随想

こちらは日々の随想を吐き出している裏ページです

東日本大震災から一ヵ月弱後のメモ

一昨日の地震にはビックリしたし、明日は都知事選だが、ショックだったのは昨日だった。

昨年の4月30日にもやり場のない気持ちに収まりがつかない旨のブログを書いたのだが、昨年ほど大ショックではないにせよ、今年もそうで、長谷川穂積選手がまた王者から陥落した。

両国のチケットを購入していたのが、会場が神戸へ変更になり、テレビ観戦で済んだのがせめてもの救いだが、俺の心は長谷川選手の敗戦でまたもやボロボロだ。

東日本大震災から一ヵ月弱後メモを以下に思うままに記す。

1億総評論家になっていることについて意見を述べてもしょうがないが、自分の思ったことをメモするぐらいは自由であろう…(笑)。

本来は東北地方における震災に話題・関心がフォーカスされるべきなのだが、首都圏では電力供給と原発、他の地域や他の国々では原発の話題のほうがホットになっていることがあまりに残念である。

そして俺も今回は、ただただ最善の復旧・復興と支援が求められる東北地方における震災関連の話題ではなく、電力関連の話題について触れる。

ひとまずは終了することが発表されたが、計画停電という生産・消費両サイドの経済活動に衝撃的なほどの影響をおよぼす行為を政府ではなく東京電力という一企業主導で行えることに対しては誰もが危険さを感じたと思う。

まさか、信号機や病院の電気まで止めなくては計画停電をできないとは思いもしなかった。

そして、受益者でも強く思うのだが、東京23区は停電なしで他の地域はあるということの不平等さもあんまりである。

最低限の料金は据え置いたとしても、加算的な部分に大きな値上げを行い、電気の抑制をするとともに福島などへの賠償金にあてるなどという手もあるように思えるが、夏に向けてこの先一体どうなることやら…。

個人的にはこれまで福島や新潟の原発にさんざん世話になってきた首都圏へ電気料金のボッタクリ的な値上げをしてそのお金を福島に使ってくれても何の異存もない。

値上げだけでなく、サマータイムの導入や休日の変更などできることは何でもやって、計画停電という経済活動を壊死させるような無茶な行為は避けてもらいたいものだ。

YAHOO!のトップページを見ればわかるが、電力は時間帯によっては使用量が少ない時間帯があるようで、この時間帯に電気を使うことについて過度な自粛はいらないのではないかと思う。

例えば、深夜に節電したり、夜間の営業時間短縮をしたりする意味はあまりないように思うのだ。

過度な節電を事業者がいつまで行えるのかも気がかりだ。

なんだかんだいって、人間は経済合理性を追求する生き物であり、自分の身を削ってまで節電を続けられるものではない。

寒さをガマンして暖房をつけないだとか(寒さをガマンするのは可能でも、暑さをガマンするのは俺には難しいが…)、無駄な電灯をつけないといった、消費行動においてそれは切実な意味を持たないが、企業の生産活動において電力の使用を自粛することは身を削ることに他ならない。

この国は企業が個人以上にやたらと空気を読むことが求められる国だから、顧客の心象を考えてパフォーマンス的な自粛をし、それが節電を促す一面はあるだろうが、顧客の心象を気にしなくて済む分野では背に腹を変えられないから節電などといっていられない面もあるであろう。

うるさい騒音とバカに明るい照明を周囲にまき散らす電気量販店やドラッグストアやパチンコ屋に対する不快感は昔からあり、これが多少なりとも解消されていることについては喜ばしく思うのだが、これは、うるさいという理由で民放のバラエティー番組の画面を一瞬見るだけで反射的にテレビを消したくなる心理と変わらないので、俺のいちゃもんに過ぎない。

パチンコ屋の社員だって、パチンコ屋をやって飯を食い、納税をして社会へ貢献しているのだから、パチンコ屋が電気を使うのは許せんというのは偏った意見だと思う。

原子力発電および放射能への人類のアレルギーの強さが相当なものであることは、今回で身をもってわかった。

特に海外の一部の連中のヒステリー的な反応は滑稽としか言いようがない。

喫煙・交通事故・肥満・過度な飲酒・過労などによる健康への害のほうが何十倍・何百倍も大きいのに人は過度に放射能を恐れるようにできているようだ。

俺は今まで相当な数のダムを見学しているが、ダムも作る際に100人単位で建設現場での犠牲者が出ているダムは少なくなく、慰霊碑を目にすることが多い。

火力発電に関しても炭鉱での事故は日常茶飯だし、火力発電による大気汚染の度合いも相当なものだ。

極端な話、放射能の被害で亡くなる人はほとんどいないのに極端に騒ぎ、交通事故や炭鉱・建設現場事故で亡くなる命があることについては同じように騒がなくて良いのか?原発と同様に車も廃止しなくて良いのか?と思う。

政府の発表に今ひとつ信頼をおけない点はあるが、海外の(まともな)報道など見ても放射能福島第一原発付近地域以外の地域におよぼす影響があるとは思えない。

もちろん、これからどんな事故が発生するかまだ予断は許さないが、チェルノブイリのようになる可能性はなさそうである。

福島第一原発周辺の住民に対しては徹底した情報開示と対策で安全の確保と過剰なぐらいの補償をしてもらいたいが、その他の地域に住む者に求められるのは冷静さに他ならない(それに、そうでないと福島第一原発周辺の避難者の方々に申し訳がなくて罰があたる)。

ところで、先日から福島第一原発において、低レベルの放射性汚染水を海洋投棄したが、この行為における実害は少ないだろうし、やむをえない面が強かったのだと思うが、国際社会に対しての日本の行動に対するシンボル的な意味合いは小さくないと思う。

地震への同情から、放射性廃棄物を垂れ流す国家への敵視という方向に国際世論が変容するかもしれない。

韓国の抗議はともかく、ロシアがこれに猛抗議したらしいが、あんたらにだけは言われたくなかったと思わなかった人はいないと思うけれども…。

今後、原子力エネルギーに対する向かい風は相当なものとなることは間違いないが、新エネルギーに原子力の代替可能性があるものがあるとはまだ思えない(仮に、原子力を推進するために推進することを阻害されてきた実効的な新エネルギーがあるのだとすれば別だが…)。

有事の健康コストや損害賠償コストや廃炉のコストなどを考えても原子力のコストが高いか安いかは国がもしくは国際社会が考えていかなければならないだろう。

これからの世論がそうならないことは理解できているけれども、個人的にはこれらのコストを考えても原子力エネルギーは人類のために必要と言わざるをえないと思っている。

原発=危険」という図式で終わらせるのではなく、原発地震そのものからは耐えた事実をふまえ、津波への対処法の確立、電源が途絶えたことが事故につながったことへの対処、非常時の冷却体制の整備など、個別に対策を考え、それらをできるだけ早急に他の原発に施し、また、小型原発や他の技術などで安全性をさらに高められないかといったベターを求める方向へ議論を発展させていく必要があるように思う。

「俺は原発は必要だと思う」などと言わずに、「原発怖いね~」と言って話を適当に合わせて、空気を読んで意見を合わせておくことが処世するのには便利なのだが、俺は実生活では適当に話を合わせても、こういう場では自分の思っていることをきちんとメモしておくことにする。