裏GOODDAYS 日々の随想

こちらは日々の随想を吐き出している裏ページです

政治は多数派のおける多数派のもの

資料が間違っていなければ、前回および今回の総選挙における比例区での獲得議席数は以下の通りだった。

自民  18,810,217  16,624,457

維新           12,262,228

民主  29,844,799  9,628,653

公明   8,054,007  7,116,474

みんな  3,005,199  5,245,581

共産   4,943,886  3,689,159

未来           3,423,915

社民   3,006,160  1,420,790

実は、自民党比例区における獲得票数は1996年の小選挙区比例代表選挙制の導入以降過去最低の票数だった。

前回総選挙における約3,000万票取っての民主党の308議席と、今回総選挙における約1,900万票取っての自民党の294議席の違いはあまりにも大きいのである。

比例区投票結果からみると自民党は全有権者の15.99%の支持しか得ていないことになるのだが、それで61.25%の議席を獲得するに至っている。

しかも、その16%のうち、半分以上は安倍氏でなく石破氏のほうが首相にふさわしいと考えていたとすると、61.25%の力を持つにいたった母数の少なさに愕然とする。

しかし、これこそが小選挙区制の効果であり、破壊力である。

衆議院において小選挙区制を導入した最大の理由は政権交代が可能な選挙制度を導入するという理由だったが、この制度設計が見事に功を奏したというわけである。

そして、自民党比例区占有率は31.67%だが、小選挙区占有率は79%と、8割の議席を獲得しているわけで、これがアメリカのように純粋な小選挙区制だったら自民党は61.25%はおろか8割の議席を獲得することになったわけである。

この結果を見て、小選挙区制の欠陥を指摘することはいくらでも可能だが、政治とは最終的には多数決であり、多数派のなかの多数派を占めている勢力に大きな力を持たせるという意味では悪くない選挙制度だとこの20年間一貫して考えている。

実際には多数派のなかの多数派というのは少数派になってしまうのだが、そうであったとしてそれで仕方ないと考えている。

もし、これが比例区の得票数に従って議席が配分されていたら政治はまともに前に進まないに違いないと思うからだ。

設計当初からわかっていた通り、小選挙区制というのは効率的な政治決定が可能な政府を作り出す選挙制度であり、これを否定するのは簡単だが、当初からのねらい通りに仕組みが作用しているというだけにすぎず、これを否定するのは前提を否定することにすぎないのだ。

当然ながら、自民党日本維新の会の得票率や自民党の絶対得票数をわかっているから、勝って兜の緒を締めている様子が政治家の言動からありありと伺えるわけで、この緊張感こそが小選挙区比例代表制の醍醐味だと思う。

議員のほうも、落選したり、当選したりするから、当選している間も落選している間も次の選挙のことばかり気にして行動をしなくてはならなくなるという弱点はあるが、この制度によって、何十年間もずっと政治家をやっている人で国会が固定化されるというようなデメリットは確実に減る。

親の跡を継いでその後で政治家をずっと続けるというような状況よりは、どんな大物政治家であっても当選と落選を繰り返しながら、議員と外野を繰り返すほうが、健全だと俺は思う。

議員しか職がないよりも、議員の立場に安定・固執せず、それでいてどうしても志がある人のみが議員を目指すというほうが健全で、橋下徹氏のような政治家の魅力というのは政治家であり続けることに固執していない点にあるのではないかと思うのだ。

そして、これだけ大勝してもこの国で必要な改革が進まず、小泉政権以降、毎年総理が変わっている理由は、周知の通り、予算と首相の指名以外では衆議院とほぼ対等(3分の2再可決は可能だが…)の力を持つ参議院が存在しており、ずっとねじれが存在していて、予算成立と引き換えのような形で首相の辞任を余儀なくされてきたからだ。

一票の格差の放置と並んで、日本の政治の一貫しての最大の欠点はこの力を持ちすぎている第二院の力を減少させる、もしくは無くしてしまうことである。

むしろ、参議院は半数改選とはいえ、解散がなく任期が6年であることから、参議院選衆議院選より重要とも言われるのだが、国際的に見ても二院の優劣は明確であるべきであり、制度設計上、これが欠陥であることは明らかだ。

仮に、参議院を無くしてしまえるのであれば、議員1,000人の一院制であっても一向に構わず、議員定数云々というのは小事にすぎないと個人的には強く思う。