裏GOODDAYS 日々の随想

こちらは日々の随想を吐き出している裏ページです

自慢話を聞くのは好きだが、する気にはならんわね

今回は俺の自慢話のような部分も多いのでそういうのが嫌いな人は読まないでください。


実社会でもそうといえばそうだが、ネットで色々と見ていると人の自慢話を聞くのが嫌いな人が多いことが良くわかる。

だから自慢話は控えるようにしなければならないと思う。

「いやー私なんか…」「ウチのダンナなんて…」と自嘲的に語るのが日常会話の王道とされる。

余程間抜けだったり、オチがおもしろいのであれば話は別だが、俺はこういったネガティブな会話は退屈なので好きではないし、聞いたところで何の生産性も感じない。

逆に個人的には人の自慢話を聞くのは嫌いではない(もちろん程度による)。

自慢話というのはその人が誰かに知らせたい話であり、それを聞いてあげることはステキだと思うし、それに共感してあげられるぐらいに度量のある人格でありたいし、何より自分に自信があればこそ人の自慢話に感心できるのだと思う。

それに、自慢話は自嘲話と違ってポジティブなものだし、ふーんと感心させられることも多いし、話している本人が幸せそうにしているのが心地良い。

俺は何を思うかを書くことが大切だと思うからブログを書き、何をしたかを人に知らしめることは大切だと思わないからfacebookにはあまり書きこまない。

また、知人が楽しそうにしているのをfacebookで見るのは好きだが、自慢話が嫌いな人が多いことを知っているからあまり書きたくない。

書きこんで不特定多数のリアル知り合いに嫌われたりしたら大損もいいところだ(笑)。

たとえば、俺が近々でfacebookに書く内容があるとすれば以下のようなネタだろう。

・夏休みをサントリーニ島で過ごして満喫できた。気分はサイコーです!

安曇野の古民家に2泊して仲間とガッツリ楽しんできたよ。

・友人夫妻と東京湾の花火大会に行った。中央区民は優先的にもらえる観覧券があるので待たずに特等席で見られたから毎年のことだけどラッキー!

・週末は友人の軽井沢の別荘に泊まりに行くんだ。

・住んでるマンションでドラマのロケやってた。

・新橋のイタリアンバル(ウオキンピッコロ)で食いまくってサイコー。

・築地のこの寿司屋の寿司はマジ美味いのでオススメ。ランチだけど俺は週一で食べてる。

・夜はギターを弾いたり絵を描いたりしているけど、上手くいかないと結構イライラするんだよね。

こんなことを書いたら嫌な思いをする人がいるかもしれないから書く気が起きないのである。

とはいえ、実名で書くのにあまり不名誉なことも書きたくない。

だから書くことがないし、書く意味も個人的にはあまりわからんのである。

ここから先は読むと不愉快な人もいるかもしれないが、自分のなかで以下のような基本的自己満足があるから人の自慢話を聞いてもおおらかな気持ちでいられるのだとも思う。

・本当に気の合う嫁がいて俺は幸せ者なのに、さらに、嫁の料理もヘルシーで超美味い。

・健康で体調はいたって好調である。

・才能がないことも努力が大嫌いなこともわかっているから成功した人を素直に称えられる。

・仕事は好きか嫌いかといえば好きだし、大抵は17時に仕事が終えられるし、給料にも人間関係にも不満はない。

・自分の中で完全に納得がいくまでリノベーションした理想の空間に住めているし、部屋からの景色も絶景だと思う。

・通勤時間は歩いて10分だし、大好きな東京のなかでも自分が住んでいるエリアは住むのに一番いいところだと思う。

・ちょくちょく旅行にも行けて47都道府県はほぼ2回以上行っているし、26ヵ国旅できている。

・基本的に物欲がないので、外面やモノやカネではなく、内面のみに意識を集中できる。

・雑学には自信があるし、人と深い話になってもついていけるだけの自分の意見は持ち合わせているつもりである。

・ゴミ拾いをやっていることは自己肯定につながっている。

・アフターファイブや休日は色々な趣味を楽しんで自分なりに充実した生活を送れている。

・友達は少ないが、別に多くなくて構わないので現状で良いと思っている。

・飲みに行くのは嫌いではないが、友人と飲みに行く回数は少ないものの、嫁と一緒に美味しいものを食べれば十分だ。

・勤務している会社が傾いたら大変だが、社会人としての嫁のスペックはとても頼りになる。

・子供は欲しいけどこればかりは授かりものだから、そうならなかったらそれはそれで自分の人生を徹底的に満喫するぞと思っている。

今回の文章を読んで不快な気持ちになる人もいるだろうが、「そうそう自分も…」と思ってくれる人も少しはいると思いたい。

それと、本当に自分がなりたい姿というのは、自分が万全・順風満帆な状況でなくても人の自慢話を楽しく聞いてあげられるような人格になることである。

この境地に達するためにはこれからも多くの古典などから学ばなければならないと思っている。

理想は良寛の「嚢中三升の米、炉辺一束の薪」の心境であると思うので道はどこまでも険しい。