裏GOODDAYS 日々の随想

こちらは日々の随想を吐き出している裏ページです

多空くじ

19日に宝くじの販売が終了し、31日の抽選まであとわずか。

寒空の下、会社帰りに何の買い物もしないのに電飾に彩られた銀座や丸の内を意味もなく散歩する俺も奇特なら(健康のためにはなる)、丸ビルのアナ雪像と写真を取るために並ぶ人も奇特だが、それでも、西銀座の売り場で宝くじを所望する人々を見るにつけいろんな意味でご苦労さまと心の中で頭を下げていた。

並んでいる人の属性をよく見ると中年男性が多いのだが、宝くじを当てたい層はこういう層なわけねと思う。

当たったら何に使うか聞いてみたいところだが、宝くじがあたると多くの人が不幸になるとはよく言われる。

不幸になった人の統計がないからわからないが、買う人は不幸にならないためのシミュレーションをして列に並んでいるのだろうか(多くの人にとっては意味のないシミュレーションとなるが)。

宝くじというのは、「何か当たりそうな気がする」と全く根拠のない直感を信じこめば当たりそうな気もするが(この種の直感ほど無意味なものもそうそうあるまい)、確率を考えたり、**組(1/100)の******番(1/100,000)という数字を見たりするともう全く当たる気がしなくなる。

簡単に言うと、1等が当たる確率は100×100,000で1千万分の1であり、その販売額合計は30億円であり、そこから1等5億円と前後賞各1億円および他の賞金が出てその賞金合計は15億円以下と決まっている。

1千万枚(30億円分)が1ユニットで、去年は23ユニット売られたそうだから23人に5億円の1等が出たわけだけど、いくら売れようが、1等が23人に当たろうが、1等が当たる確率が1千万分の1であることには変わりはない。

当たるかっちゅうの!

宝くじを買っても買わなくても、急に大金をゲットした場合のシミュレーションを勝手にしてみることは可能だ。

そして、考えれば考えるほど「カネがある程度ないと本当に困るが、大量にあってもできることって限られないか?」という結論に達してしまいやすいものなのだ。

なお、これについてはそのうち書きます。