裏GOODDAYS 日々の随想

こちらは日々の随想を吐き出している裏ページです

自分の共感力のなさを嘆く

相手に興味を持って相手のことをどんどん聞き出せば熱く語れる話題の一つぐらいはあるので、人と一対一でコミュニケーションを取るのには苦手意識はない(相手が苦痛かどうかは知らんけど)。

また、仕事での会議や研修やテーマの決まった議論はすこぶる得意だし、気の置けない友人の集団との雑談ならば大丈夫なものの、それ以外の場合に集団で雑談するのがどうも苦手で、それは他人と興味の範囲が違い過ぎるからだと思ってきたのだが、最近になって自分がそういった雑談を全く楽しめていないからだということにやっと気がついた。

要するに自分が悪いのだが、テレビや芸能人やスキャンダルや一過性の殺人事件だとか最大公約数的な話をする時に新しい気づきのない予定調和な会話になってしまった際にものすごく白けてしまうのだ。

もちろん、気づきがあれば楽しめるが最大公約数ではそういったことは少ない。

関西人などはそこを笑いで打開するのだろうが、俺は関西人ではないのでそういうこともあまりない。

また、人と愚痴の共感もできない。

仕事は嫌いでないし、遅くまで働くことも全くないし、職場の人間関係の悩みもほぼゼロで、夫婦・両親とも健康で、肥満でも薄毛でもなく、お金にも困っておらず(年始からの円高のためFXで数百万円の含み損を計上しつつも、それよりずっと少ない昨年の利益を確定申告で国税局に納付した憤りは相当なものだが…)、子供がいないので子供のいる生活の大変さもわからない(子供ができないことを悩んだ時期はあったが)。

なので、愚痴の類を他人と共感できず、人の愚痴を聞いてもそれは大変だなあ、難儀だろうなあとしか思えず、自分もそうなんですよと共感できない。

もちろん、自らの共感力のなさを嘆く人とは大いに共感できると思うのだけど。

がんばって愛想良く振る舞おうとはしているし、笑顔を忘れずテンション高めに振る舞っているつもりだし、気の利いたウィットを効かせようと心構えているのだが、楽しめていないときの気持ちというのはどことなく態度に出てしまうように思う。

そういう態度を表に出さずに振る舞ったり、愛想笑いをできたりするのが大人というものなのだろうが、営業・接客経験ゼロの俺はこの歳になっても大人になりきれずにいる。

接客でもして自分の人格と違う振る舞うことを勉強していれば私生活でも生きたのだろうが、俺は体育会で先輩に服従せざるを得なかった時以外はずっと自然体で来てしまったので、今さら自分と違う人格で振る舞うことに照れとぎこちなさが出てしまうのでどうにもならないのである。

もちろん大人になる努力はしているのだが、一朝一夕では難しく、なかなか解決策を見いだせていない。

そして、先に述べた通り、それに輪をかけて人が俺の興味あることについて話すことがほとんどないのも問題なのだが、これも俺の興味があることが他人とあまりに違いすぎるのが悪いといえば悪い。

このことは嫁からも言われているが、嫁は俺のそういう点をプラスにも受け止めてくれているので助かる。

また、俺が民放テレビをほとんど見ないことは他人の話題に共感できない大きな理由となっている。

民放テレビをつけると、雑音や芸能人がたくさんいるスタジオや予定調和的に挿入される笑いやデカいテロップやテレビの端っこに小窓で映っている芸能人の顔などといった、どうしてそのようなものを入れるのかわからない演出を見ることにどうも生理的に苦手意識を持ってしまっているので、テレビを見るのがあまりに苦痛で見たくてもほとんど見られず、例えば嵐やAKB48のメンバーが動いて話している動画を見た記憶がなく、狩野英孝さんも活字でしか読まないので「かのえいこう」と読むことも知らなかった。

ついでに、テレビと同じく家電量販店の騒々しい演出も苦手で俺は一秒も長くあの空間に居たくないので、あのマーケティングは俺に対しては大失敗であるのだが、多くの人には効くのだろうと思うと俺はやっぱり人と違うのだろうなと思う。

ところで、自分の仕事の関係で、あらゆるジャンルの雑誌を月に50誌~100誌程度は端から端まで読んでいるので動画で見たことなくても興味があろうとなかろうとあらゆるジャンルのニュースやトレンドが頭には入っているのである。

当然、ネットサーフィンは大好きなのでネット上のニュースも頭に入っているし、新聞も読売新聞を毎朝20分程度かけて隅から隅まで読んでいる。

そして、そのせいで他人が話すことから気づきが得られなくなってしまうのである。

多数で何気ない雑談をするのが得意になるには苦痛を耐え忍んでテレビを観るか、愛想笑いをしつつ芸人張りのオーバーアクションをして話を引き出す能力を磨くかのどちらかだが、どちらもやる気になれないので展望が見えてこない。

仕方ないのでこのブログがそういった俺のカタルシスを勝手に発散する場となっているのである。

はぁ~。