裏GOODDAYS 日々の随想

こちらは日々の随想を吐き出している裏ページです

河口湖そしてうどん

ゴールデンウィーク河口湖付近で過ごした。

行き先の写真は別アルバムにその都度まとめており、ブログに記録するようなことはないのだが、今回は気づいたことがいくつかあったので記録しておくこととした。

とはいえ、「よく記録する」という表現を使ってこのブログに書くことがあるのだが、過去に書いたものを見返すことは書いた本人ですらないのだから何のために記録しておくのかもよくわからんのではあるが(笑)。

週末も大渋滞する中央道はゴールデンウイークにはあり得ないほど混むので、電車のチケットは発売直後の1ヵ月前に購入し、宿泊する宿も同時に押さえた。

きちんとした宿に泊まっても良かったのだが、何せ3泊もするし、可能な限り質素な環境で何もせずにゆっくりするのが目的で豪華な部屋や食事やサービスは不要だったので、河口湖にほど近い古い民宿の部屋を予約した。

2人で交通費が往復2万円、宿泊費が3万円(繫忙期料金)で、あとは食費と1日借りた車代(ガソリンと併せて8,000円程度)の出費なのだが、家でゆっくりしたかった嫁からしたら無駄な出費に映ったに違いないけれども、俺は富士山が見えるところで3~4日何もせずに過ごしたかったので説得して出かけた。

「買ってもいないが宝くじでも当たったらどうする?」もしくは「宝くじは当たっていないが、資金的にセミリタイアできるメドがついたらどうする?」と考えた時に、もし、宝くじが当たったら中期間の海外旅行と家を反復する生活をするだろうし、もし、人生で入るお金と出るお金がトントンになってセミリタイアするメドがついたならば、東京からのアクセスがそれほど不便でなく風光明媚なほどほど田舎の小屋で過ごすだろうと想像する(嫁が賛同しているわけではない)。

トントンといっても、多くを稼げば、多くを使っても大丈夫になるのだろうが、これは非現実的なので、必然的に、少ない支出で日々を楽しむライフスタイルを身につけ(前回の内容にもつながる)、かつ、それが持続可能な状態を作るということになるのだが、退屈に苦しみつつも退屈なことを楽しんで、カネを使わない、シンプルな、カネを使わないから必然的に丁寧な暮らしを志向することになるのであろうが、今回はごく短期間ではあるが、風光明媚この上ないこのエリアの質素な環境に身を置いて過ごすことでそういったものへのイマジネーションもしくは妄想を膨らませる機会としての4日間と捉えて過ごした。

とはいえ、食事はコンビニ・弁当屋・ファミレス等で済ませることが多く、日中は散歩ばかりをして、消費者・観光者の面ばかり強かったので結局は感想を述べられるような過ごし方はできなかったのではあるが、やはり、富士山が見える環境で過ごすのは気分が良かった。

また、この辺は標高が900メートルもあるので冬は凍えるほど寒く、富士山を毎日見続けること、もしくは、湖畔の散歩に飽きるかどうかもわからず(少なくとも4日では全く飽きない)、田舎暮らしをしている自分を想像するには時間が短かった。

また、舌下治療でスギ花粉症は相当良くなったのだが、ヒノキやハンノキ、特にハンノキ科の食物(豆乳・桃・リンゴ)などに多少のアレルギーがあるので、ゴールデンウイークの時期が俺個人に関しては花粉症のピーク時期であり、下界以上に花粉症に苦しんだのは、昨年、奥多摩でゴールデンウイークを過ごした時と同じであった。

ところで、河口湖は東京へのアクセスが良く、風光明媚なため、脳内での永住候補に考えていなくもなかったが、そういう目で見ると勝手な話ではあるがアラと感じてしまうことも多々あった。

湖周辺の開発が雑なこと、グランドデザインを全く感じないこと。

湖に古い船が打ち捨ててあることが多く、船の従業者に景観を美しく保とうという気を感じず、極めて残念なこと。

これをアラと思うかはわからないが、この地域の中高年のおじさんはほぼ客にタメ口を聞くようでそれに驚いたこと(フレンドリーともいえる)。

名物のほうとうの値段が異様に高いこと、名物の吉田うどんがどうひいき目に見ても美味しくないこと(後述)。

やはり、冬はとてつもなく寒いこと。

芝桜をアピールし、観光客を呼んでいるのに、駐車場の関係でこの時期には5時間以上の渋滞が起きるほど幹線道路が混むこと(俺は一瞬で諦めた)。

もちろん、世界中の観光客が集まっているエリアで、日本随一の景観を持つエリアであり、また、忍野八海のような桃源郷を感じさせるすばらしいエリアもあることは論を待たないので、アラといってもそれを上回る魅力があるのだが、アラと映ったことを書いてみた。

ちなみに、山中湖には河口湖より高い意識を感じるので山梨県をけなすものでもない。

さて、今回はパスしたが、今度の機会には、当初より本命視していた、長野県の松原湖で休日を過ごす機会を伺いたいと思う。

あと、吉田うどんの話だが「コシがある」と本やネットに書いてあるので、性急に結論を出さずに何軒か食べて結論を出すことにしていたのだが、以前と今回の計4件程度の結果ではあるものの、「コシは全くなく、ほうとうのようにボソッボソッと切れて、つゆも大して美味くなく、特筆すべき魅力のないうどんである」という結論を主観で出すこととした。

個人的には吉田うどんの良いところを見出してくてたまらなかったのだが舌は嘘をつかないので仕方ない。

ちなみに富士宮やきそばは美味いものは本当に美味いと思う。

ついでに、一気に話題を変えて、香川で零細の製麺所というようなところで、さぬきうどんを食べて回った時に感じた違和感についても書いておく。

香川のセルフのさぬきうどんで何が一番不満だったかというと、料金が東京の半分以下ですぐに出てきたとしても、セルフでないさぬきうどん屋では茹で立てが出てくるのに対し、セルフうどんはどんなにうどんをすぐに捨てていたとしても(これがまた食べ物を粗末にしていて反感を持つ)、茹でたものをいったん置いておき、注文があればそれを出すシステムになっていることで、圧倒的に早い提供がなされるものの茹で立てよりのびてしまってコシが損なわれているという事実に対してである。

香川の人がこれを読んだらブチ切れるかもしれないが、舌は嘘をつかないのだから仕方がない(あくまで俺の主観だし)。

グルテン性炭水化物を食べることを贅沢なまでに罰当たりな行為と捉えている俺にとって、うどんを食べるという行為はハレの行為であって、それこそ費用になんぞこだわっていないのだから、茹で立てのしっかりとしたコシのあるうどんを食べたいのである。

さぬきうどんは香川のセルフで食べるより、それが東京であれどこであれ茹で立てを食べさせる店で食べるに限る。

うどんのコシと比べたらつゆだの天ぷらだのといった他の問題は小さな問題なのであり、うどん県の人がその辺に対してそういう認識でいないことが全くをもって残念で仕方ないのである(ちなみに大阪や博多や故郷の宮崎のうどん、もしくは俺が好きな桐生のひもかわうどんなどはコシ勝負ではないので別ジャンルの食べ物と考えている)。

ちなみに俺が長年に渡ってイチオシしているうどん屋は池袋のうちたて家である。

武蔵野うどんも本場の西東京地区で相当な期待を込めて何軒もの有名店を食べて回ったが、やはり池袋のうちたて家が一番美味いのだから仕方ない(ちなみにせいろ盛りのつけ汁うどんに限る話で、煮込みうどんはその中に入らない)。

俺と嫁にとっては、池袋という街は、うちたて家の街であり、それ以外の用事ではほとんど出かけないのである。

まとまりのない回となりました(笑)。